令和6年(2024年)能登半島地震救援ニュースNo.153
「令和6年(2024年)能登半島地震救援ニュース」No.153
やさしや足湯隊レポート No.31
第39次足湯隊の活動報告です。今回は2026年3月20日(金)から3月23日(月)の4日間、ボランティア13名で活動しました。
高校生から社会人までのボランティアが集まり、二班に分かれて活動しました。足湯を行ったのは輪島市や珠洲市、七尾市の仮設住宅、集落に畑をしに帰られている方の納屋、被災地NGO恊働センターが拠点を置くじんのび広場です。
足湯の「つぶやき」や参加したボランティアの感想です。
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◎ 足湯で聴こえてきた「つぶやき」
「仮設での暮らし」
・仮設が狭いから真っ直ぐTV見れない。仮設は見えるし聞こえる。ベランダ狭いから
洗濯物も何回かに分ける必要がある。部屋が4畳2部屋しかない(80代女性)
・仮設は出たけど集会所に今も来ている。仮設ではベランダに出たら人と会える。あったかい雰囲気だからいまだに顔を出す。(80代女性)
「家・これから」
・家を建てても自分がいなくなると空き家になる。近所の人は金沢とかに引っ越した
だからひとりぼっちになるなら仮設でいい。もう家はいいかな(80代女性)
「地域・文化」
・これからは、どうなるんやろね。もう、半分も帰ってこないやろうね。都会の人からみたら、ここは何もないけど、私らからしたらなんでもあるのよ。山もあって、海もあって。(50代男性)
・自分の友達も皆珠洲を出ていってしまった。地元の人は若い人が残ってほしいというけど、子育てとか、住みづらい環境。若い世代が暮らしていく環境が整えられていない。住むところがないからね。祭りで帰ってきても狭い仮設住宅では泊ることができないでしょ。(40代男性)
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◎ ボランティアの感想
・今回の足湯隊で一番印象に残っているのが、ここの住人にした呼びかけの時間である。区⾧さんが一人一人に話しかけている時、住民の方々は僕には想像することのできない様々な思いを抱えながらここに住んでいるのだろうと思った。ここで足湯をしたおばあさんが僕の名前を何度も呼んでくれた。農家として頑張ってきたたくましい手をずっと握っていたいと思った。(井上惺太・関西学院大学1年生)
・ 現地に足を運び、自分の目で見て、耳で聞くことの大切さを改めて実感した。 特に大沢・上大沢を訪れた際、その思いは一層強くなった。崩れた木々がそのまま残り、水害や地震の影響で片側通行になった山道を進んだ先に広がる光景は、地震から3年が経った今でも、発災直後と変わらないように感じられ、強い衝撃を受けた。かつて人が暮らしていたであろう建物や間垣はそのまま残っているのに、人の気配だけが消えてしまったような寂しさが漂っていた。上大沢で足湯をした方々は現在仮設住宅で生活しているが、訪問した際には近くの山で行者にんにくを採り、自宅近くで作業をされていた。
その姿からは、この土地での暮らしを大切にし、いつか戻りたいという強い思いが伝わってきた。現実には元の生活を取り戻すまでに長い時間がかかるかもしれない。それでも、そうした思いに触れた今、自分にできることは何かをこれからも考え続けていきたい。(佐藤蓮・獨協大学1年生)
・「あの時を思い出すのはしんどいね」と口にされる方もいました。言葉を引き出すときには、目の前の人に寄り添い、その方の望む形で心地の良い形で受け止める準備が必要だと感じました。誰にでも聞いてもらいたい話とそうではない話があると思います。学びの押し付けになっていないかを一度考えてから言葉にすることを、今後も大切にしたいと思います。(武部澄香・神戸常磐大学3年)
◎ おわりに
今回の足湯では被災された方々の地域で営んできた暮らしを見つめ、それぞれの「つぶやき」を丁寧に聴いていくことの大切さが改めて確認されました。足湯で被災者とボランティアが共に時間を過ごすなかでこころの声や涙、笑顔が零れ落ち、そのひと時の想い出が互いに大切な記憶となっているように感じます。
(CODEスタッフ 島村)
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*私たちの活動は、日本財団、共同募金、住友ゴムから助成を頂き活動しています。













